2010年3月9日火曜日

健康の輪:G.T. レンチ

健康の輪 (1938年)
病気知らずのフンザの食と農
G.T.レンチ

 「ハワードの有機農業」と時代を同じくして出版された書物である.両者に共通するのは,植民地支配において,アジアの農業や食の合理性を目のあたりにし,その知見を逆輸入しようとする姿勢である.病気や健康の解釈については古い時代なりの解釈があり,文章も描写と教条が混ぜこぜで書かれているため,分かりにくい部分があるが,現在唱えられている健康論の原点がすでにここにあったことにはびっくりする.
 小麦粉がなぜ全粒から精白になったのかは知らなかったのだが,それは,世界貿易において長期輸送や保存の際の酸化を防ぐためであることが興味深かった.小麦胚芽の油分は酸化しやすいためである.フスマは小麦を覆う皮であるが,これも精白では取り除かれる.アメリカからの穀物輸入が西欧に大きな影響を及ぼしている時代の書物であるがゆえ,その辺りの記述がしっかりしていたのが面白かった.以下要約


フンザ(Hunza,パキスタン)は,コーカサス(グルジア),ビルカバンバ(エクアドル)とともに世界三大長寿地域と評される秘境である.フンザが位置する渓谷はインドからミンタカ峠を超えて新疆ウイグルに至る街道の途上にあり,アフガニスタンの東端からわずか16キロの距離にある.高度は3000-4000mである.

フンザの人々の健康さと屈強さには数々の定評があった.怖いもの知らずで気立てがよく,明るいうえ,素晴らしい敏捷性と忍耐力を有している,徒歩で448キロの山道を7日で歩く,職業は主に農業だが職人としてもすぐれている,登山のポーターとして極めて優秀,踊り手としての彼らも北西辺境のカタックのダンスが比較にならないほど洗練されている,などなどである.

インド軍の連隊付き軍医であったロバート・マッカリソン卿は(1918年に研究に戻り,1921年に欠乏症研究を出版)フンザの人々について以下のように語っている.「これらの人々は,身体の完全さでは他のどのインド人よりも優れていて,長生きであり,老いも若きも生命力にあふれ,非常に耐久力があり,みな驚くほど病気知らずである」


フンザの食事と暮らしには以下のような特徴がある.
 厳冬期以外はほとんど屋外で野良仕事に男女が従事する.
 イスラム教だが女性は家に閉じ込められていないし,ワインを自粛してもいない.
 穀物は,小麦,大麦,燕麦,小粒の穀類.全粒のチャパティにして食べる.
 葉物野菜,根菜,芋類,ひよこ豆ほかマメ科植物,新鮮な牛乳とバターミルク,ラッシ,溶かし たバターやチーズ,主に杏と桑を主体とした果物,稀に肉,ブドウで作ったワインなど.
 茶,米,砂糖,卵を食べない.
 小麦は自作の他,交換で入手.豆を一緒に粉に挽いたりする.
 フンザでは牛乳から脂肪を分離し,沸騰させてギーという溶かしバターを作る.
 残ったラッシ(バターミルク)は発酵させ,酸っぱくして保存.
 野菜は特に燃料が乏しいという理由で生で食べられる場合は生で食べている.
 若いトウモロコシ,若葉,ニンジン,カブが好物.
 豆類は発芽させて食べたり,双葉を食べたりする.
 野菜を煮る時にも,水はほとんどいれず,蒸し煮に近い.
 野菜を煮た汁は,野菜と一緒に飲むか,後で飲む.
 野菜の皮も食べられるものは一緒に食べる.
 肉は10日に一度ぐらいしか食べない.餌の少ない冬に家畜の屠殺が多くなる. 
 果物を食べる量が多い.野菜より多いので主食ともいえる.夏は新鮮なもの,
 冬は乾燥したものを摂取する.
 果物は中の種も割って仁も食べる.
 朝は野良に行く前何も食べない.
 2-3時間働いた後にパン,豆,野菜を牛乳と一緒に摂る.
 昼は生の果物か乾燥した杏を水で練ったものを摂る.
 夕食は昼食と同じだが,たまに肉を食することがある.
 フンザの母親は母乳を3年間与える.子供に滋養を与えながら自分が妊娠するのを防ぐ.
 排泄物は堆肥に混ぜて土に還元
 

マッカリソンのクーヌールの給餌試験
 マッカリソンはフンザ人の食生活と健康の関係を裏付けようとして以下の試験を行った.
1189匹の白ネズミにフンザの人々の食事(全粒粉のチャパティに新鮮なバターを薄く塗ったもの,または平たいパン,発芽した豆類,新鮮な生のニンジン,新鮮な生のキャベツ,沸かさない全乳と骨付き肉を少しを一週間に一回,水をふんだんに)与えて27か月齢(人間の55歳に相当)まで飼育.その間すべての月齢でサンプルを殺し,解剖して病状を検査した.結果として全く病気がなく,自然死がないという驚くべき結果を得た.
 次に同じ環境でベンガルとマドラスの貧しい人たちの食事を模して2243匹の白ネズミを飼育した(米,豆類,野菜,香辛料,牛乳わずか).結果としてありとあらゆる病気が出た(本書にはその記載があるが,人間の病気とほぼ重なるのでここでは割愛).早産や流産も見られた.
 最後にイギリスの貧しい階級の食事を与えて同じ実験を行った(白パン,マーガリン,砂糖入りの紅茶,茹でた野菜,缶詰肉,安物のジャム).この食事では成長が思わしくなかったのみならず,ネズミの神経衰弱ともいうべき状態を起こした.試験開始16日後,ネズミの中には弱いものを殺して食べ始めるものも現れた.

フンザの人々の健康についての傍証
 筆者はフンザの人々の健康の理由にその食生活が新鮮な野菜や果物を摂取していること,全体食であること,発酵食品を摂取していることなどを挙げた.その傍証として何カ国かでの興味深い事例を挙げている.
 デンマークでは第一次世界大戦時下食事に劇的な変化が訪れた.大戦にアメリカが参戦したことにより,アメリカからの穀物輸入が減少し,これに依存していたデンマークの食生活と家畜生産の双方が大打撃を受けたのである.食料統制が発令され,フスマの入ったパン,ポリッジ,緑色野菜,ジャガイモ,牛乳などに食生活への変換を余儀なくされた.蒸留酒は禁制となり,ビールもそれまでの半分の量しか認められなかった.その1年半後,デンマークの死亡率は1000人あたり12.5人から10.4人に減少した.デンマークでこれほど死亡率が減少したことはそれまでの例ではなかった.
 アイスランドやグリーンランドでは,動物,鳥,魚などを主食としていた.彼らは肉だけでなく,食べられるところはすべて食べる伝統を持っていた.アイスランドは9世紀にアイルランドとスカンジナビアからの植民者によって定住がはじまり,牛,羊,馬が持ち込まれた.食事は事実上数百年間肉食が続いた.15世紀ごろの記述では,住民の健康状態は良く,くる病もなかった.虫歯は1850年まで全くなかった.
 イヌイットの人々は食事のほとんどを海洋動物か海鳥に依拠していた.凍結時には生食が行われた.彼らの中では一角の厚い皮が好まれた.イヌイットに壊血病やくる病,その他の栄養失調が全くないのは,比較的単純な食生活から見ると特筆すべきである.
 アメリカインディアンの身体成長は健康の見本とでもいうべきものであった.しかし彼らは西洋からの入植者の支配後,農業に興味を示さず,居住地での保護生活によって急速に病気を多発するようになった.政府機関の店から入手したのは,肉(全体ではなく部分),製粉した穀物,シロップ,糖蜜,砂糖,缶詰の豆やトウモロコシやトマトなどである.


健康のための12カ条
レンチは上記の知見から(イギリス人に対し)以下のような留意点を提示している.
1.食べる野菜が健康に育っていることを確認する.皮をむいたり,捨てたりしない.野菜を料理する時,煮汁やゆで水を捨てない.
2.菜園のとりたての野菜と果物を食べること.
3.サラダや保存のよい根菜を食べること.
4.牛乳,バターミルク,スキムミルク,好きであれば酸乳をもっと飲むこと.
5.肉を減らし,穀物,野菜,牛乳,チーズを食べること.動物の内臓や皮も肉同様に食べること.
6.季節の果物をたくさん食べる.
7.季節でない時はドライフルーツ(日干し)を食べる.
8.発芽させたひよこ豆,穀物,豆を特に冬や早春に摂る.
9.全粒粉パンを食べる.
10.バターとチーズを食べる.
11.機会があれば,できたてのワインか,昔流のイングリッシュ・エールを飲む.
12.一度にたくさんの種類の食品や調理品を食べず,単純化する.

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